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【読書録】益田裕介さん著書「精神科医が教える 親を憎むのをやめる方法」を読んで

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こんにちは、ともです。

早稲田メンタルクリニック院長 益田裕介さん著書

「精神科医が教える 親を憎むのをやめる方法」を読みました。

精神科医YouTuberとして有名な益田先生の著書です。

親子問題について書かれたものですが、

親側に発達障害などの問題、精神疾患の問題や、

何らかの社会・時代背景による問題があったんじゃないの?

という点を軸にされているところが、

今までありそうでなかった本ですね。

そうそう!こういうのが欲しかったと思いました。

親子関係に悩む人たち、精神疾患を持つ人たちに、

是非とも読んで欲しい一冊でした。

私は長年に渡り親子関係に悩んできましたが、

親側にも精神疾患や発達に問題があったかもしれないと考えると、

思い当たるところが多々あります。

自分の感情をひとまず置いて、親側の視点でみる作業は、

治療の一環としてとても必要だと感じました。

というよりも、精神疾患というものが発展したのはごく最近で、

親の世代はそもそも病院すらなかったでしょうし、

病院はあったとしても、閉じ込めて終わり、みたいなものだったと思います。

そういう社会や時代によって親たちの精神疾患は見過ごされてきたんでしょうね。

しかし、実際は相当な数が存在していたのでは?と思われます。

親の精神疾患によって、元・子供たちは困惑し、恐怖していたと思います。

それが大人になっても親子関係のこじれやトラウマとして残っていると想像ができます。

こじれた親子関係の人たち、親子関係によるトラウマを持つ人たち、

これもやはり相当な数いるのではないかと思われます。

親たち世代の精神疾患が見過ごされてきた理由として、

精神疾患があったところで、

戦後の混乱期の苦しい時代に食って生きるのに精いっぱいで、

そこまで考えられなかったのではないかと思うのですが、

それを説明するのに、私の知ってる範囲で親の話をしますと、

私の父は、戦後2年後に生まれ、8人兄弟の7番目として育ちました。

話によると、父の父は5歳ごろに亡くなっているらしく、

母親一人で手が行き届いていなかっただろうと想像できます。

戦後の食糧も物資も無い中での暮らしは、

今では想像ができませんが、相当に大変だったろうなと思います。

発展途上国ほど子供がたくさんいるイメージがありますが、

日本もこのころは似たような感じだったと思います。

想像するにおそらく、子供は労働力なんですよね。

今のような教育をほどこし大切に育てるというよりは、

単純に働き手確保の手段のような状況でしょうね。

そんな中で、父は今でいうとASD傾向が強く、

こだわりや自分のルールが最優先で、

そのため、人の気持ちを無視して行動するタイプです。

反社会性パーソナリティ障害のような気質もあり、

お酒を飲んでグダグダになると大騒ぎしたり、

依存的なところもあったので、ギャンブルにのめり込んだりしていました。

お酒を飲んでいない時は寡黙で職人気質で頑固な感じで、

すぐにキレて怒り出すような人です。

なぜ見過ごされてきたのか考えると、

この時代は亭主関白な家庭が多く、

昭和の頑固親父など、父親が強くて、

家庭の中で一番の権限を持っている存在だったためですね。

それに対して、私の母親は男性に従うタイプでした。

というより、時代的に女は男の一歩後ろを歩けという感じだったのです。

男尊女卑が強かったんですね。

そういう意味ではこの時代のスタンダードな女性なのかもしれません。

私の母は戦後4年後に生まれ、4人兄弟の長女として育ちました。

田舎ではありましたが、その中では比較的都市部だったため、

それなりに教育は受けてきたようです。

ただ、戦後の混乱期なので食料が不足するなかで、

さつまいものつるを食べていたとか、脱脂粉乳がごちそうだった、

というような話を聞いたこともあり、世の中全体が貧困だったと想像します。

貧困にプラスして、第一次ベビーブームど真ん中に生まれ、

たくさんの人の中で育ったようです。

家は建具屋を営んでいて、

職人さんなどの弟子たちが10人住み込みだったり、

兄弟や叔父などとごちゃごちゃになりながら育ったそうです。

想像するに、家庭の中は男性社会・男性中心の生活だったようです。

母は、今で言うと、ADHD気質でサザエさんのような感じです。

自分のしゃべりたいことを一方的にバーッと話すタイプで、

人の言うことは聞きません。

どちらかというと、不器用、不注意、多動なタイプです。

父がASDタイプで育児に無関心なのでカサンドラ症候群でもあったと思います。

なぜ見過ごされてきたかというと、

女性のADHDはおっちょこちょいとか、ぶきっちょとか、

女性だと許される(可愛がられる)時代や社会だったということや、

おしゃべりなのも(明るい子だとして)扱われていたんだと思います。

サザエさん一家でも主人公になるくらいなので、

この時代は比較的よくいるタイプだったのかなと想像できます。(愛されキャラだった)

カサンドラもこの時代は亭主関白が主流で、

女が家の事をやるのが当たり前という価値観があったためですね。

これらを考えると、親側にもそういった背景があったとすると、

その結果としての自分との親子関係があるわけですから、

さらに言えば、父や母の上の世代も似たような価値観で社会が回っていたのかもしれません。

人間の歴史なんてその連続で出来てるんでしょうね。

私が育った時代は目上の人に対しての敬意が重要な時代だったので、

家庭の中でも親が一番偉い、特に父親が偉いという関係性でした。

我が家は両親と7つ上の姉と私の4人家族です。

年功序列で言うと、父、母、姉、私の順なんですね。

私は必然的に家庭の中での順位が一番低く下っ端という立ち位置でした。

下っ端というのは出しゃばってはいけないし、

空気を読まないといけないし、

戦後生まれの親の言う理不尽も聞かないといけないし、となります。

ですが、私自身にもASD/ADHD傾向があり、

そういったことを無視してやりがちで、そのたびに怒鳴られたりし、

そのストレスから私は精神疾患を発症し、

不登校になってひきこもりになったのです。

しかし、それを許すような親ではなく、体罰も当たり前の時代でした。

当然暴力も暴言もありました。

今では虐待に当たるのでしょうけど、そんな社会じゃなかったんですね。

子供に人権など無かったのです。

そもそも子供は労働力だとして育てられてきた人たちが親になっているので、

子供の人権なんて無視されていました。

学校も似たようなもので、学校・先生というのは無条件に偉いという世界観です。

そもそも社会の中で不登校やひきこもりが問題として表面化したり、

理解されつつあるのも最近のことです。

当時はまったくありませんでした。

そういった中で、親子関係は悪化し、現在にまで繋がっています。

ただ、こういった親子関係の背景を知る事で、

親側の事情(社会・時代)を加味すると、

果たして親を憎むことが問題解決になるのか、と思うのです。

それよりも、まずは精神医学についての知識をつけて、

今この瞬間に集中することが、

結果として良い方向に進むのかなと思います。

とても辛い事だと思うんですよね。

被害にあって苦しい状態の人に、

被害について自ら学び、工夫して自分の人生を生きようと言うのですから、

とても大変なことだと思います。

それでも、親を憎む時間を減らして自分のための時間を増やすことが大事ですね。

最近ほんとうにそう思います。

人の寿命とは、時間とイコールなんですね。

その寿命とイコールの時間を使って自分以外の人の事を考えるわけですから、

自分の寿命をその人に差し出しているのと一緒なんです。

苦しい思いをした上に、自分の寿命を差し出すって、

そんな理不尽な事ないですよね。

大切な自分の寿命を差し出す行為をやめる、

つまり、親を憎むのをやめるということなんですね。

ひいては自分を大切にするということになります。

当たり前なのですが、親には親の事情があるので、

親の事情は親のものであり、自分には関係ないことなんですよね。

他人は変えられませんから、

変えることができるのは自分しかないわけです。

でもこの当たり前が意外とできてない自分がいました。

心のどこかで親に理解してほしい、認めてほしい、

優しくしてほしい、愛してほしいと思っていたんだと思います。

子供としては当たり前の感情だとは思いますが、

家族というものを、今一度冷静に、事実を見るという作業ですね。

その中で諦めるということも必要なんですね。

諦めるというのは、「明らかに見る」が語源になってるという話を先日知りました。

事実を明らかに見ることで自分にできることはなにかを知り、

自分の手に負えない部分は諦めるということなんですね。

この本を読んでそんなことを考えました。


精神科医が教える 親を憎むのをやめる方法

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