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家族との距離感

対人恐怖症

こんにちは、ともです。

人との距離感がわからず、近すぎたり遠すぎたり、

いつも悩んでしまいます。

家族に対してもそうで、

自分を知って欲しい、理解して欲しいと思ったり、

そうかと思うと、

どうせ私の事なんて嫌いなんだ!と思って

気持ちが離れすぎてしまうのです。

理解のあるなしとか、好き嫌いとか、

どっちかしかないと思ってしまいます。

両極端なんですね。

しかし、たとえ家族であっても別の人間なので、

完璧にその人を捉えることはできません。

というか、無理なんですよね。

それなのに、家族なんだから自分を理解してくれるはずと

期待してしまうんですね。

そして、やっぱり私の事を理解してくれない!と

勝手に落胆するのです。

勝手に期待を押し付けられた方からすれば

いい迷惑だよなと思うのですが、

無意識にそうなってしまうので

自分でも毎回いやになります。

どうすればほどよい距離感になるのか、

中庸な考え方になるのか、

むずかしいですね。

考えてみたのですが、

無意識に勝手に相手に期待して、勝手に落胆してしまうのは、

今まさに人との距離感を学んでいる最中とも言えますね。

遅ればせながら学んでいるのだと思います。

いくつになっても学ぶことは無限にあるとは言いますが、

人間関係を学ぶのは、苦しいし、辛いし、

出来ることなら早く悟りを開いて楽になりたい、

いっそ出家しようかと思う時もあります。

そのたびに、いや、出家すんのめんどいな、

お肉好きだから精進料理しんどいな、

お経覚えられないしな、

と思ってやめます(笑)

こういうところに、0か100かで物事を考えてしまう

悪い癖が出てますよね(;^_^A

話を戻して、逆を考えてみました。

自分が相手から勝手に期待されて勝手に落胆されたら、

そんなこと言われても…となりますよね。

そう考えると、人に期待しないというのが、

ほどよい距離感を保つ上で重要だということですね。

でも、人に期待しない、というのがすごく難しいです。

生まれつき期待してしまう性格なのかもしれないし、

脳の機能によるものかもしれないし、

育ち(環境)の問題かもしれないので、

自分の力でどうにもならないものだったりします。

それでも意識的にやっていくしかないわけです。

完璧な人間なんてどこにもいないわけで、

自分も完璧ではありません。

少しずつ学んでいけばいいと思うのです。

なんでもそうですが、

0か100か、白か黒か、善か悪か、

ではないんですよね。

ぼちぼちやっていくのが大切ですね。

むずかしいですけど。

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